企画趣旨「3分間の沈黙のために」の意味するもの

酒井 信一(ICAEE代表/ギャラリー・サージ ディレクター)

今日、芸術はあらゆるものを対象化しながら発展しています。アーティストが取り上げるテーマも、社会、宗教、政治、テクノロジーといったように、現代社会の様々な領域に及んでいます。感じ、捉えたものを表現するアーティストの創造力は、事物の理解や解釈に新たな意味を生み出してゆくことで、作品と観客の対話を活性化してゆきます。本展は、そうした芸術の可能性を、現代社会に生きる人間の知覚と身体性の回復というテーマに沿って求めながら、人―自然―テクノロジーの調和とは何かを見つめなおそうというものです。

電子メディアやテクノロジーの急速な進化は、コミュニケーションの新たな可能性を提供しています。しかし、そのなかで私たちは、消費的な言葉の喧騒や、過剰なイメージの氾濫といった、身体性無きコミュニケーションに疲弊しはじめていることも事実です。情報システムの加速化によって、私たちのコミュニケーションはいまや、知覚・感覚を介しての「交感」から情報の「交換」へと、その質とスタイルを急速に転換しつつあるようです。

こうしたアイロニカルな状況に対して私たちは、「根の回復」から〈沈黙〉に遡る精神の深化の過程を通じ、身体の内なる広がりを獲得することの必要性を感じています。 作品の背後に、芸術作品が創り出す〈沈黙〉を感じとる体験は、ひとつの「交感」を呼び覚まします。

そのような場の実現に向けて、テクノロジー・アート、サウンド・インスタレーション、パフォーマンスといった最先端の分野で活躍する日本・オランダの11組のアーティストが集いました。

コンピュータ制御による人と機械のインターフェース空間、センサーによって反応する動くオブジェ、光学を駆使した静謐なイリュージョン作品、インスタレーションと身体が相互干渉を繰り返すパフォーマンスといった従来の美術のジャンルを脱構築する作品群が、ここに展示されます。映像、光、身体、サウンドが織りなす作品空間のなかで、視覚と聴覚が融合する時間と空間を体験するとき、見慣れた対象が新たな意味をたずさえて立ち上がるでしょう。

芸術家のまなざしを通して、喧騒に充ちた都市のただなかに知覚と感覚の水源としての〈沈黙〉を喚起させる本企画は、私たちの「現在」をはっきりと浮かび上がらせるでしょう。解釈や批評を急がずに、見ること・聞くことによって〈沈黙〉を充たすこと。人―自然―テクノロジーの新たな関係性は、五感・感情・身体性を通じてあらゆるものに働きかけていく私たち一人ひとりの精神活動、その内なる時間の獲得から生みだされるのです。

『3分間の沈黙のために……人─自然─テクノロジーの新たな対話』p.12

関連展覧会:
  • t12 日本・オランダ現代美術交流展 「3分間の沈黙のために……人・自然・テクノロジーの新たな対話」(東京)


  • ⇄ ページ・ナビゲーション ⇄