潜む繋がり

箭内 新一(アーティスト/パドゥルズ・コーディネター)

私が、オランダ、ロッテルダムに滞在中、ひょんなことからリザベト(今回参加しているデュエンデの代表であるアーティスト)の企画している、ある展覧会に誘われた。願ってもないチャンスで、私が渡欧した理由は、アーティスト自身が展覧会を企画していく事への興味があったからで、すでに、ドイツ、ベルギーなどで、幾つかのアーティストの企画に参加していた。そのなかで、日増しに、このアーティスト・イニシアティヴと言われる活動を日本に紹介し、交流は持てないものか、という思いが募ってきた。また、正直なところ焦りも覚えていた。それは、アーティスト・イニシアティヴの活動に触れる度に、アーティストが自立していくことの大切さを悟らされる思いがしたからだ。実質、これが、この『パドゥルズ』という企画をコーディネートした初期衝動であった。そして、リザベトのデュエンデに白羽の矢を立てた。リザベトからの返事は明解で快いものであったのを覚えている。一般的にヨーロッパでは、日本との交流には、興味を持ってくれるものの、二の足を踏みがちである。けれど、リザベトの素早い返答は、彼女の豊富な経験と自信から来るものであると、私は確信した。

西欧の80年代、アーティストは美術館の制度に対し、あるいは作品発表の欲求から、自ら制作場所の確保と同時に発表の機会を創っていったスクワッタームーブメントがあった。空いているビルを不法占拠し、アトリエに使用、また、自ら展覧会を企画したのである。オルタナティブスペースとも言われた。多くの若いアーティストが実験的作品を試みた場所であったろうと思う。アーティストが美術館でもない、画廊でもない第三の道を築いたことになる。現在、総じてアーティスト・イニシアティヴと言われる活動は、それらをベースに培われてきたものではないかと考える。

大事なことは、その第三のスペースを一時的なものではなく、定着していったところにある。偶発的な不法占拠から始まり、意図的に自治体に働きかけ、交渉し、正式に自分達の場所を手に入れる、展覧会や組織の運営に助成を得ていくなど、より社会性を帯びた活動へ熟成してきた事ではないだろうか。それがアーティスト・イニシアティヴの特徴ではないかと思われる。現に、より公的な現代美術センターとして機能するところも出ている。また、西欧には、そのような活動を育む多様性と、芸術の必要性のある社会が背景にあることは否めないと思う。

ここで、アーティスト・イニシアティヴの活動自体は、権利を欲して行ったアーティストの社会的活動ではなく、むしろ自然発生的、同時多発的に行われた或る種の共通する芸術の純な欲望から来るものではなかったか。また、この活動は与えられたのではなく、アーティストが自ら欲し実現していった事に意義を持つのではないかと思う。だが、結果的に芸術上において、ひとつの新たな領域を創り出し、アーティストの自立を打ち立てた事を見せている。そして、アーティストの自立は、アーティスト・イニシアティヴの活動に繋がるものであると、私は信じる。

そして、この純な欲望が、ある程度のアーティストの中に潜むのであれば、日欧の社会的・文化的背景の違いの中で、それをより浮き彫りにし、繋げることができないものかと考えた。日欧のアーティスト・イニシアティヴの活動を軸として。そして、アーティスト自身の位置を自ら探れるような機会を創ること。それは、個人としてのアーティストの対話を継続的に、少しずつ、ネットワークを築いていくことで。

それによって、日本においては、アーティスト・イニシアティヴの活動の意識をより鮮明にすることもできるし、また、日欧のアーティストの活動を紹介できる機会を創ることができる。そして、この交流は、例えて言うなら繭やさなぎのようなものであり、或るものへ孵化していくような良い母体になる可能性を持っていくだろうと思う。

『アーティスト・イニシアティブ・リンクス 99 "パドゥルズ"』p.9

関連展覧会:
  • t10 アーティスト・イニシアティヴ・リンクス 1999 “パドゥルズ”


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