《根の回復》として用意された《12の環境》──日本・オランダ現代美術交流展 1995-1996

酒井 信一(ICAEE代表/ギャラリー・サージ ディレクター)

加速度的に進化する高度情報ネットワークは、われわれの《知覚》と《感覚》を拡大し、自由なコミュニケーションを仮構した。しかし、その、あまりにも高速度で、デジタル的なコミュニケーションは、われわれの《知覚》を統御し、《感覚》の細分化の果てに、個としてのわれわれを「根なし草」にしてしまう危険性もはらんでいる。電子機器がもたらすこのような二律背反状況に対し、われわれの《身体》は、戸惑いを感じてはいまいか。認識し、知覚するこの《身体》とは何であるのかを、今、新たな可能性に向けて問い直さなければならない。

日本とオランダの作家たち、テクノロジー・アート、サウンド・インスタレーション、パフォーマンス、写真表現といった最前線の分野で活躍中の14名がここに集まる。彼らの作品は、時には、センサーを備えた極小のロボット群であり、秘めやかな光の乱舞する構築物であり、またコンピューター制御が可能にする、機械と人のインターフェイス空間であったりする。未知の光彩と音響を用いての、既成の美術館的空間では体験不能であったような、視覚と聴覚に対する、共存的な、または相互浸透的な刺激。そしてまた、観客=聴衆が機器に触れることによって生じる、作品空間と観客=聴衆との融合。きわめて淡く、微かで、アナログ的に生成する音や光のなかで、観客←→作品、人間←→機械、主体←→環境といった二項対立は脱構築され、《身体感覚》が甦ってゆくだろう。作品の不思議な親和力、それは、何よりも、進歩と発展の一点に向けて純化の系譜を形作ってきたわれわれの歴史とは逆に、およそ《効用》とは正反対の、《偶然》を排除しない、いわば《戯れ》に満ちた空間が実現される点にある。

この展覧会は、現代社会のアイロニカルな状況、「人と自然」「開発と破壊」「発展と後退」などに対して、一元的な異義申し立てを試みるものではない。あくまで静謐に、それらの境界線上に、揺らぎと流動を呼び覚ますこと、日本とオランダの作家が持ちうる技術と身体のすべてを駆使して、対峙する狭間に虹のグラデーションをかけること。他ならぬ大地に根差しているわれわれの《身体感覚》は、そこで、「根の回復」へ向けての一歩を踏み出すことになる。(1995年)

『NOWHERE/12の環境』カタログ(1997)p.68

関連展覧会:
  • t06 日本・オランダ現代美術交流展 「NowHere」(オランダ展)
  • t08 日本・オランダ現代美術交流展 「根の回復として用意された〈12の環境〉」(日本展)


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